山田先生を囲む会では、昨年9月に静岡の登呂遺跡を訪問し先生の主催されているプロジェクト『弥生・古墳の水田復元研究会』の実験稲作の現場を見学させて頂きました。今回は同研究会に加え、3つの研究会合同の公開シンポジウムに参加させて頂きました。考古学者、植物学者、民俗学者、博物館の研究員の皆さん等々。全国から80名を超える研究者が宮崎に集結し、2日間にわたり活発な議論が交わされました。

~シンポジウム(全体討論会)の様子~
【音声が小さいですがYouTube画像があります】
シンポジウム会場は宮崎県立西都原考古学博物館。会場前には2つの大型前方後円墳を含む300を超える古墳が点在する圧巻の遺跡が広がっています。博物館は豪華な展示施設で、宮崎県の力の入れ込みようが感じられます。

~今も発掘が続く300を超える西都原古墳群 (博物館の食堂より撮影)~
稲作が日本に初めて伝わった地は北九州。菜畑遺跡・板付遺跡などの北九州の水田遺跡の研究発表は特に興味深いものでした。研究者の発表内容は稲作伝来当時の木製農具や民具にも及び、各分野の専門家から多岐にわたる議論が続きました。
2日間に渡り、10時間に及ぶ研究発表とシンポジウム。討論会の司会は山田先生の教え子の山形大学の先生や都立大学出身の西都原考古博物館の学芸員の方が務めておられました。討論会は、途中で山田先生がコメントしたり総括したりという形式で行われ、プレミアムカレッジの山田ゼミを彷彿とさせる懐かしい風景に感じられました。
素人の感想ですが、討論会全体として最も印象深かったのは以下のポイントです。稲作伝来当初は給水しやすい扇状地の地形を利用した『適応型水田』が多くみられ、現在では当たり前の灌漑設備を伴った完成された『開発型水田』は日本に広く伝わっていたわけではなかったという議論でした。山田先生は縄文時代の『丸木舟』の『実験考古学』で全国的に有名な学者です。当時と似た環境下で実験をすることで初めてわかる弥生初期の稲作の実態を調査する『実験考古学』の成果の真骨頂をみた気が致しました。今回のシンポジウムを通じて山田先生が実験に拘る理由が理解できたような気がしました。ゼミ卒業生としては遅すぎる理解だと若干恥ずかしく申し訳ない気も致しましたが。
シンポジウムが終了した夜は恒例の山田先生との夕食会。ホテルの部屋に戻ると何と、震度5弱の日向沖地震に遭遇。ホテルが大きく揺れエレベーターがストップ。『部屋から出ないように』との館内放送が轟き、NHKからは津波警報のニュースも流れ少し焦りが。宮崎駅前のホテルは標高7メートルなので南海トラフ地震ならば避難することも覚悟しましたが、幸い事なきを得ました。
翌日は、九州大学大学院の研究者から発表のあった都城市の『坂本A遺跡』に移動し、弥生時代の水田の地質のボーリング調査現場に立ち会わせて頂きました。

~都城市坂本A遺跡でのボーリング調査 【人力】(左)&【機械】(右)~
弥生時代の地層まで辿り着くには数メートルのボーリングが必要だそうです。機械と人力と2つのチームに分かれて掘削が始まります。福井県の『水月湖』の年縞(ねんこう)の研究に携わり、世界各地の地質調査に飛び回っている東京大学の研究チームの方が自作の掘削機で手際よくボーリングした姿が印象的でした。我々の目の前で手作りの掘削機を用いて人力で約2メートルまで土が掘り起こされたのです。2メートル下の土は1420年代の室町時代のものだとのこと。年代特定のカギは桜島の噴火時の灰の白い堆積層。そこに到達し、掘り抜けたタイミングでその年代がわかるのだそうです。前日のシンポジウム参加者の多くが見学に訪れて、皆さん興味津々。研究者同士の和気あいあいとした笑い声がだだっ広い遺跡現場にこだましていました。
弥生時代の水田の地層に届くまであとわずかとのことでしたが、ここで見学を終了して次の目的地の鹿児島県の『上野原遺跡』に向かいます。上野原遺跡は、2022年に山田先生に案内して頂いた世界遺産の『三内丸山遺跡』よりもさらに5,000年近くも古い10,600年前からの縄文早期の遺跡です。

~鹿児島県立埋蔵文化財センターでの見学~
山田先生の教え子の一人でもある鹿児島県立埋蔵文化財センターの館長に館内をご案内頂き、一般公開されていない縄文初期の弓矢などを拝見しました。リニューアルされたばかりの上野原縄文の森展示館内も解説して頂きました。エジプトのピラミッドよりもさらに6000年も前に日本に定住民族がいて数々の土器を作って暮らしていたことに驚愕しました。

~遺跡のすぐ近くに見える桜島~ ~広大な上野原縄文の森~
今回の宮崎・鹿児島訪問は、退官されてからも尚、第一線で研究活動を続ける山田先生の姿と全国に広がる先生の教え子や人的ネットワークの広さを改めて目の当たりにした誠に貴重なありがたい体験となりました。そして歴史学、考古学の面白さを教えて下さる山田先生に改めて感謝申し上げる次第です。
因みに、筆者はシンポジウムに先立ち2日前に九州入り。高千穂峡、椎葉村、十根川集落、日向市美々津港などを観光見物しました。九州中央部の山々は昨今の台風の影響で崖崩れが多く補修工事が遅れ気味。予定していた訪問先もいくつかキャンセルを余儀なくされました。レンタカーで山間部の秘境の道路を走るのはかなりの危険と恐怖を伴うことを実感しました。宮崎のホテルでは大きな地震に遭遇。5日間の旅行の間に何回か命の危険を感じる場面に出くわしました。シンポジウムやボーリング調査、遺跡見学に参加できたことも含めて深く記憶に残る九州旅行となりました。
(文責 1期生 深田)
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