【活動報告2025.3.12~14】 縁joy!日本書紀の会 堺・大阪フィールドワーク

(仁徳天皇陵前にて)

 本会では、毎月、日本書紀を紐解きながら日本の成り立ちを探求していますが、2025年3月、大阪の古墳群探訪を中心とする2泊3日の堺・大阪フィールドワークを実施しました。2023年11月の伊勢神宮に続き、宿泊を伴うフィールドワークとしては2回目で、7名が参加しました。

目次

 初日、早朝の新横浜をあとにし、午前中に大阪府堺市に到着。早速、堺という街の歴史や特長を学ぶため、「さかい利晶の杜」と「堺伝承館」を訪問しました。
 「さかい利晶の杜」は、その名称が示しているように、堺出身の千利休と与謝野晶子の生い立ちや人生などを紹介する展示館です。また、国際貿易港として繁栄した堺の歴史や街の成り立ちなどを整理した展示物もあり、最新のVRを駆使したゴーグルを装着し、タイムトリップして街の歴史や発展を3Dビジュアルで体感することができました。

(VRでタイムトリップ、丸テーブルの上に昔の堺の街が現れる)

 「堺伝承館」は、貿易・流通やモノづくりの街として栄えた堺の刃物、線香、注染(手染めの染色技法)・和晒(木綿の布)、昆布、和菓子、敷物(緞通)、鯉のぼりなどが展示されています、とりわけ刃物(包丁)の種類と数の多さは圧巻。鉄砲や刃物など、鉄を加工する技術を磨き続け、現在においても堺の包丁は、その品質の高さで全国に知られています。

(刃物の街“堺”ならではの光景)

 ランチタイムはうどんすきへ。今回のフィールドワークでは、大阪名物の粉物グルメを味わうという目的もあり、最初のメニューは豪華で具だくさんのうどんすきでスタート、皆さん大満足でした。

(昆布や鰹の出汁がきいた具だくさんのうどんすきで満腹)

 大阪市と堺市の間に流れる大和川を路面電車(阪堺線)で渡って住吉大社へ。住吉大社は、住吉三神(底筒男命・中筒男命・表筒男命)と神功皇后が祀られており、朱色の太鼓橋は有名で、大阪では「すみよっさん」と呼ばれ親しまれています。住吉三神は海の神様で、神功皇后が三韓征伐した際には航海を安全に導いたと日本書紀に記されており、大きな灯篭がずらりと並んでいるのを見ると、かつては大社のすぐ前は海であったことを偲ばせる風景となっています。また、現在の大和川は江戸幕府によってルート変更されたもので、かつては住吉大社と堺は川で分断されていなかったこともあり、毎夏、住吉大社から堺に向け、神輿の行列が7㎞の道のりを進む祓えの神事が行われ、その様子が「住吉祭礼図屏風」に描かれています。貿易やモノづくりで栄えた堺と密接に関わっていたことが見て取れます。

(“すみよっさん”の名所:太鼓橋、池の反射で対称になる光景が美しい)

(住吉大社本宮は第一~第四まで四つの宮)

 お詣りのあとは、なんば・道頓堀へ。道頓堀周辺はインバウンドの外国人観光客があまりにも多く、お祭り騒ぎ状態でビックリ。昔、平日の道頓堀は人通りも今ほど多くなかっただけに、時の経過と時代の変化を感じずにはいられませんでした。と言いながらも、外国人観光客とともに、道頓堀リバークルーズ船に乗船し、船上からいつもと違う視線で街並みやグリコの看板を眺めました。

(外国人観光客とともに船上からえびす橋を臨む)

 夕食の粉物グルメ第2弾は、“豚まん”と“たこ焼き”。独特のもちもち感の皮で包まれた豚まんと大阪名物たこ焼きを楽しみました。

(もちもち感いっぱいの豚まんと熱っつ熱っつのたこ焼き)

 2日目はジャンボタクシーをチャーターして終日古墳群と博物館巡りです。
訪問先は、大阪府立近つ飛鳥博物館、山田高塚古墳(推古天皇磯長山田陵・竹田皇子墓)、聖徳太子磯長墓(叡福寺北古墳)、誉田御廟山(応神天皇陵)、津堂城山古墳・まほらしろやま、大山古墳(仁徳天皇陵)、百舌鳥古墳群ビジターセンター、堺市博物館、と盛り沢山な内容でしたが、タクシーを利用したこともあり、不便な訪問先にもかかわらず時間をロスすることなく効率的に周遊することができました。
 大阪府には、百舌鳥(もず)と古市(ふるいち)の2つのエリアに古墳群があり、2019年、「百舌鳥・古市古墳群」として世界遺産に登録されました。百舌鳥古墳群には世界最大級の「仁徳天皇陵」があり、百舌鳥から東方の古市古墳群には国内で2番目に大きい「応神天皇陵」があります。上空から見ないとその大きさを実感することはできませんし、どのように造られたか想像することもできませんが、博物館の映像、解説、展示物などを見ることにより、漠然と「お濠に囲まれたこんもりとした森」であった古墳の実像に迫ることができました。

(大阪府立近つ飛鳥博物館にて)

(堺市博物館前にて)

 夜は粉物グルメ第3弾、お好み焼き。鉄板で焼かれたお好み焼きなどをシェアしながら、古墳群探訪の一日を振り返りました。

(お好み焼きを堪能)

 最終日は、高槻市(大阪と京都の間)にある今城塚古墳と今城塚古代歴史館を訪問。今城塚古墳は10年にわたる発掘調査が行われたのち、9ヘクタールの古墳公園に生まれ変わったため、実際に古墳(公園)のなかに足を踏み入れることができる貴重な場所です。また、多種多様の埴輪(実物大レプリカ)が並べられ、古墳が完成した当初の姿を実感することができます。前日の古墳群探訪では、古墳は濠に囲まれた森というイメージがありましたが、それは現在の姿であって、完成当初は今城塚古墳のような光景であったことを全員が体感しました。古墳公園となっているため、自由に埴輪に乗って楽しそうに遊ぶ幼稚園児たちの姿を目にして、時間を超えた大古と現在との繋がりを微笑ましく感じたのは私だけでしょうか。

(今城塚古墳完成当初はこんな光景だった、今は無邪気な歓声が響く)

(今城塚古代歴史館内に展示されている石棺のレプリカ)

 古民家イタリアンレストランでランチを取った後、訪問予定にはなかった枚方宿/鍵屋資料館を訪れました。東海道の延長部として京都から大阪に向けて4つの宿場(伏見、淀、枚方、守口)が設置されましたが、枚方宿はそのなかの1つで、水上の巨大交通路であった淀川の中継港として利用されました。京都伏見と大坂八軒家(天満橋)の間を往来した淀川三十石船の乗客に「餅くらわんか、酒くらわんか、銭がないのでようくらわんか」と物を売りつけた「くらわんか舟」は枚方宿の名物で、鍵屋はその枚方宿の料理旅館として賑わっていたと知りました。

(枚方宿鍵屋資料館)

(三十石船とくらわんか舟、そして当時の盛況ぶりが蘇るような枚方宿鍵屋の大広間)

 最後の訪問先は、京都府八幡市の石清水八幡宮です。石清水八幡宮の御祭神は、神功皇后、応神天皇、比咩大神(ひめおおかみ)の三神で、平安時代初め、清和天皇の時代に創建され、京の都の裏鬼門(西南の方角)を護り、また武運長久の神として全国の武士が尊崇を寄せたという歴史があります。本殿は、木津川、宇治川、桂川が合流し淀川となるところを見下ろす山の上にあり、霊験あらたかだけでなく、流通面や戦略面でも要所だったといえるのかもしれません。一方、近代においては、エジソンが電球を発明した時のフィラメントはこの近くの真竹を材料にしたとのことで、敷地内にはエジソン記念碑が設置されていました。

(国宝 石清水八幡宮、石灯篭が並ぶ南総門前)

(石清水八幡宮の名物甘味、走井餅で疲れた足を癒す)

 今回のフィールドワークでは次のような多くの学びや再発見があり、実り多きあっという間の3日間でした。

  1. 世界遺産に登録された百舌鳥古墳群や古市古墳群を目の当たりにし、さらに博物館でその歴史や内容について理解が深まった
  2. 住吉大社や石清水八幡宮では、神功皇后や応神天皇との深いゆかりだけでなく、住吉大社と堺との歴史的関係や、石清水八幡宮と京の都やエジソンとの関わりなど、それぞれの時代で地域と深く繋がっていることについても知ることができた
  3. 国際貿易港として栄え、モノづくりの街として発展した堺を再発見した
  4. 大阪の粉物B級グルメを味わい、食いだおれ大阪と庶民文化を堪能した

 既に皆さんの関心事は、次のフィールドワーク先をどこにするかに移っているようですね。

(第1期生 森本 曉)

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