第12回 八雲PC読書会報告
開催日時: 2025年12月26日(金)13:00~15:00
開催場所: 八雲倶楽部
出席者: 8名
第12回八雲PC読書会は、古典文学から生物学、社会心理、江戸文化、古代宗教史まで、今回も時代も分野も自在に横断するラインナップとなった。
「若い頃は歯が立たなかった本が、なぜか今は面白い」「これは今だから読める本だ」――そんな声が何度も聞かれた回である。
■『伊勢物語』(校註:大津有一/岩波文庫)
■『小説 伊勢物語 業平』(高樹のぶ子/講談社)
紹介者からは、「高校時代は読んでもまったく楽しめなかった古典が、シニアになって初めて面白く感じられるようになった」という、実感のこもった話があった。
西国(京・近畿)から見た東国(坂東)の異質さ、当時の都人にとっての「東国」という未知の空間。その距離感が、今読むと新鮮に迫ってくるという。
また、業平は実は東国には行っていなかったのではないか、という説も紹介され、「旅した記憶とは何か」「物語はどこまで事実である必要があるのか」といった問いも自然に浮かび上がった。
「もうすぐ令和8年。久しぶりに百人一首でもやりますか」「いっそ一首詠みますか」といった提案もあり、
古典は“読むもの”から“遊ぶもの”へと静かに変貌しつつある。

■『思考の整理学』(外山滋比古/筑摩書房)
修論を書くために購入したものの、修論の忙しさに追われ、結局半分ほどしか読めなかった――という率直なエピソードから紹介が始まった。
それでも印象に残ったのが、「学校は自力で飛べないグライダーの訓練所」という比喩である。
学校で身につくのは、あくまで滑空の技術。
そこからエンジンを持ち、自分の力で飛べるかどうかは、その後の生き方次第。
「目指すべきはグライダー兼飛行機のような人間ですね」という一言に、深くうなずく参加者が多かった。

■詩集『倚りかからずに』(茨木のり子/ちくま文庫)
■エッセイと詩『言の葉』(茨木のり子/筑摩書房)
詩集では、「寄りかからずに」に象徴される凛とした生き方が一本の芯となりつつ、「笑う能力」(p.66)など、思わず微笑みながらも胸に残る作品が紹介された。
エッセイでは、吉野弘「祝婚歌」、井伏鱒二の詩などをめぐる文章がとりわけ秀逸とのこと。
「I love you」の訳を「月がきれいですね」とした話や、井伏の「さよならだけが人生だ」といった表現の豊かさも話題になった。
「詩は声に出して読むべきでは?」という問いから、英語は黙読、ドイツ語は音読しないと理解しづらい、源氏物語も声に出してこそ本当の理解に近づくのでは――と、言葉と身体感覚の関係に話が広がった。

■『水滸伝』全5巻(井波律子 訳/講談社学術文庫)
小学生の頃から人物相関図をノートに書き込み、何度も読み返してきたという紹介者の、熱のこもった語りが印象的だった。
『水滸伝』は同時代の『三国志演義』を凌ぐ人気を誇り、個性豊かな108人の英雄好漢が悪徳官僚を打ち倒す姿に、人々は自らの思いを重ねたという。
しかし物語は単純な勧善懲悪では終わらない。
「なぜ宋江がリーダーなのか」「なぜ彼らは帰順し、命を落とさねばならなかったのか」
梁山泊に留まっていればよかったのでは、という疑問は、多くの読者が抱くものだろう。
その答えが、九天玄女から授かる天命の場面にあることが紹介され、物語の奥行きが改めて浮かび上がった。

■『したがるオスと嫌がるメスの生物学』(宮竹貴久/集英社新書)
「このタイトル、読書会で紹介して大丈夫ですか?」
そんな一瞬のざわめきをよそに、読み始めると期待(?)は見事に裏切られる。
本書はきわめて真面目で、しかも面白い生物学・昆虫学の本である。
なぜ多くの生物で、オスは積極的、メスは慎重になりやすいのか。
その問いに対し、著者は驚くほど真摯に実験と観察を積み重ねている。
しかも条件が変われば、オスとメスの行動は簡単に入れ替わる。
「したがる」「嫌がる」は絶対ではない――
読み終えて残るのは、生物の不思議さと、研究者への静かな敬意である。

■『サイコパスから見た世界』(デイヴィッド・ギレスピ/東洋経済新報社)
「サイコパス=凶悪犯罪者」というイメージを離れ、
むしろ職場や組織で出会いがちな人物像に焦点を当てた実用書。
共感を欠き、他者を「人」ではなく「道具」として扱うタイプが、どのように権力を得て、周囲を疲弊させるのかが具体例とともに示される。ケーススタディに違和感を覚える部分もあるが、それも含めて議論が深まった。
本書を通じて、国内外の政治家や著名人の言動についても、単なる「善悪」「好き嫌い」ではなく、
なぜ支持と混乱を同時に生むのかを理解できた、という感想が印象に残った。
■『蔦屋重三郎 江戸を編集した男』(田中優子/文藝春秋)
蔦屋重三郎の仕事を「編集」と捉える視点が新鮮。
吉原遊郭、戯作者、浮世絵師、狂歌や川柳の「連」など、江戸文化の実態が立体的に見えてくる。
花魁に求められた教養や、作者たちが名前を使い分けて生み出した“人格のアバター”など、現代にも通じる文化装置としての江戸が浮かび上がった。
「ドラマ『べらぼう』を観終えた今が、まさに読み時」という実践的助言付き。

■『物語りとしての旧約聖書』(月本昭男/NHKブックス)
古代オリエント史の第一人者による、宗教と歴史を冷静に見つめた一冊。
弱小牧羊民であったイスラエル人が、列強の狭間で生き延びる中で、どのような宗教観を形成していったのかが明快に示される。
多神教から一神教への移行、翻訳過程で生じた誤解、旧約聖書が残した負の遺産についても言及しつつ、結論を急がず、読者の思索に委ねる姿勢が印象的だった。
今回も「読書会」という名のもと、知的な寄り道と脱線を大いに楽しむ時間となった。
次回は、さて、どこへ飛ぶのだろうか。
会終了後は、渋谷駅を見下ろす居酒屋に場所を移し、恒例の“第二部”へ。
前回の同窓会HP掲載記事を見た方から「これは読書会というより飲み会では?」と言われた、という話題も披露され、弁明(?)と笑いの応酬で、こちらも大いに盛り上がった。

——読書と会話と少々のお酒。
八雲PC読書会は、今回もその三点セットを無事に完走したようである。
二次会の後、三次会、四次会に行った、昭和なおじさんたちもいたらしい、、、、。
皆さま どうぞ良い年をお迎えください。
(文責 正田、小原)


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