第20回 八雲PC読書会報告
『雪夢往来』『北越雪譜』を読む
2026年8月30日(日) 渋谷八雲倶楽部
今回は初参加の8期生を迎え、5期生、4期生、2期生、1期生まで、期をまたいだ7名が集まりました。7人というのは全員が十分に話せ、しかも話題が途切れない絶妙な人数だったようで、予定時間を大幅に超過。第20回にふさわしい、にぎやかな読書会になりました。
今回の課題図書は、鈴木牧之の『北越雪譜』と、同書が世に出るまでの長い道のりを描いた木内昇『雪夢往来』です。
まず推薦者から、鈴木牧之の人物像、『北越雪譜』の成立過程、山東京伝・山東京山・曲亭馬琴らとの関係について詳しい紹介がありました。

牧之(ぼくし)は現在の新潟県南魚沼市塩沢に生まれ、縮の仲買や質屋を営む一方、和漢の古典や詩歌、絵画など幅広い教養を身につけた地方文化人でした。『北越雪譜』に引用・言及される書物を拾い上げると、『万葉集』『明月記』『和漢三才図会』から中国の博物誌に至るまで実に多彩。「いったいこの人はいつ商売をしていたのだろう」と言いたくなるほどの読書家です。しかし家業もしっかり発展させ、公共事業や飢饉の際には私財を投じたというのですから、なかなかの人物です。
『北越雪譜』で何より印象的なのは、江戸など暖国の人々が「雪見」「雪の茶の湯」など雪を風流として楽しむ一方で、雪国では雪がまさに生死にかかわる存在だったことです。
暖国では「雪が降った、きれいだ」。
越後では「また屋根を掘らなければならない」。
同じ雪でも、ずいぶん景色が違います。
しかも牧之は、単に「雪国は大変なのだ」と訴えるだけではありません。雪の結晶、積雪、吹雪、雪中の洪水などを観察し、越後縮の生産工程、鮭、方言、天然ガスと思われる「地中から燃え出る火」まで記録しています。そのため『北越雪譜』は風土記であると同時に、民俗誌、地理書、科学随筆としても読むことができます。
一方、話題をさらったのが熊です。
吹雪で遭難した若者が熊の穴に入り、熊に暖めてもらい、食べ物まで与えられ、最後は帰り道まで送ってもらったという話。「これはさすがに……」と奇譚の部分には違和感を覚えたという意見も出ました。
しかし別の参加者からは、「昨日やっと読み終わりました」と苦笑しながらも、この熊の話や、雪中で遭難した若夫婦の赤ん坊だけが奇跡的に助かる話が強く印象に残ったとの感想がありました。山登りに親しんでいる方だけに、雪の怖さはより身近に感じられたようです。
『雪夢往来』については、また違った方向から議論が広がりました。
『北越雪譜』を世に出したい牧之と、山東京伝、曲亭馬琴、山東京山ら江戸出版界の人々。その思惑、作家としての自負、版元との関係などが絡み合い、一冊の本が出版されるまでにこれほどの人間ドラマがあったのかと驚かされます。
「馬琴の描き方がとにかく憎たらしい。しかし、その馬琴に翻弄されたことが、かえって牧之の執念を強くしたのではないか」という意見も。
反対に、「登場人物一人一人は面白いが、いったい誰が主人公なのか少し分からなくなった」「『北越雪譜』そのものや牧之への感動がもう少し前面に出てもよかったのでは」という感想もありました。
さらに、牧之の年表を作成して参加したメンバーからは、牧之の六度に及ぶ結婚、末子と青木酒造との関係、現在の塩沢の町並みと江戸時代の塩沢宿の違いなどが紹介されました。
実際の史料から浮かび上がる牧之像と、『雪夢往来』に描かれる牧之像にはかなり違いがあるのではないか、という指摘も出ました。
すると、
「でも小説なんだから、それでいいんじゃない?」
「いや、その違いを考えるのが面白い」
と議論はさらに続きます。
『雪夢往来』は「歴史小説」というより、史実の一部を材にして描かれた「小説」なのだから、史実とは異なるフィクションがあって当然。それで小説として面白ければよいのではないか――という意見も出ました。史料から見える牧之と、小説の中で造形された牧之。その違いも含めて二冊を読み比べる面白さがありました。
また、貝原益軒との比較から、江戸時代の地方文化人と中央の出版文化との関係へ話が広がり、さらに「江戸時代の地方には、私財を使って知識や文化を吸収し、それを地域へ還元する人々が少なからずいたのではないか」という話にも発展しました。牧之も、江戸という「中央」に憧れただけの地方人ではなく、雪国から自らの文化を発信しようとした人だったのでしょう。
話はやがて現代へ飛び、雪国と東京、地方と中央という問題から田中角栄の「日本列島改造論」にまで及びました。
『北越雪譜』から田中角栄まで。
読書会というものは、どこへ話が転がっていくか分かりません。
そして、雪国の酒

今回、もう一つ欠かせなかったのが「雪国の酒」です。
テーブルには青木酒造の鶴齢 純米吟醸と雪男 純米。塩沢の本を読みながら塩沢の酒を飲むという、まことに楽しい読書会となりました。
雪男はぬる燗でいただきましたが、問題はどうやって燗をつけるか。
そこで登場したのが、真夏のベランダにあるエアコンの室外機。
温風の吹き出し口近くに置いておいたところ、見事に約38度。
「雪男」を真夏の室外機で温める。
多少シュールではありますが、これが実に具合のよいぬる燗になり、皆さんからも好評でした。
『北越雪譜』には、雪に苦しむ人々の生活が描かれています。それを現代の冷房の温風で温めた酒を飲みながら読むのですから、牧之が見たら何と言ったでしょうか。
今回紹介された本
課題図書の話が一段落したところで、参加者から最近読んだ本の紹介もありました。

一冊目は、三上修『古文鳥類学』(岩波科学ライブラリー、2026年)。
古典に登場する「ホトトギス」は、本当に現在私たちがホトトギスと呼んでいる鳥なのか――そんな素朴ながら、考えてみるとなかなか難しい疑問から始まります。古文や和歌に現れる鳥を、文学的な「情感」と現代の鳥類学の両方から読み解いていく、いわば文理融合の鳥の本です。
「都鳥」とはいったい何の鳥だったのか、「江差追分」のカモメは何かもめ、さらには芭蕉の「閑さや岩にしみ入る蝉の声」の蝉は何ゼミだったのか、と話は鳥だけでは収まりません。
130ページほどで文字も比較的大きく、「1時間半、長くても2時間あれば読めます」との推薦。夏バテ気味の人にも向いているとのことでした。

もう一冊は、重永瞬『新しい日本地理 地図・統計・移動から読み解く』(講談社現代新書、2026年)。
こちらは、日本を単純に「東日本・西日本」に分けたり、行政区分だけで地域を理解したりすることへの疑問から出発します。
三重は関西なのか東海なのか。岐阜は中部なのか東海なのか。なぜ「関東甲信越」という括りなのか。そう考えてみると、私たちが日常何気なく使っている「地域」は、案外曖昧です。
自然環境、歴史、産業、交通、人の移動、出生率、外国人の分布など、さまざまなデータをもとに日本列島を眺め直す内容で、「自分が漠然と感じていた地域差や違和感を、地図と統計で説明してくれる本だった」と紹介されました。
『北越雪譜』が、江戸時代の一地方から「ここにはこんな暮らしがある」と中央へ発信した本だとすれば、『新しい日本地理』は現代の日本列島を、既成の地域区分から少し離れて眺め直す本ともいえそうです。
こうしてみると今回の読書会は、雪国から始まって、江戸の出版文化、鳥、地理へと話題が広がりました。読書会ですから、本の話から別の本へ飛ぶのは当然なのですが、今回は少々飛距離が長かったかもしれません。
第20回を終えて
「雪国をどう伝えるか」「何としても出版して世に伝えたい」という牧之の思いから、江戸出版界、地方文化、小説と史実、雪国の暮らし、熊、田中角栄、鳥、地理、そして日本酒まで、実に幅広い話題が飛び交いました。
予定時間を大幅に過ぎても話は尽きず、雪国をテーマにしながら、会場の熱気はなかなか冷めません。
そこで熱気を冷ますために向かったのは――
渋谷にある、出羽の国・山形の昭和レトロな居酒屋でした。
越後の雪国から出羽の雪国へ。
第20回の読書会は、場所を移してもうしばらく続きました。
(文責 正田、小原)
今後の予定
9月23日(水・祝日)13時~ 本の紹介
10月16日(金)13時~ 重永 瞬さんの下記三冊からどれかを読んで
・『新しい日本地理 地図・統計・移動から読み解く』(講談社現代新書)
・『統計から読み解く色分け日本地図』(彩図社)
・『Y字路はなぜ生まれるのか?』(晶文社)


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