Food&Talkラボ 旅先の食卓から見えてきた東アジアの食具文化

慶州の古墳と遺跡跡

韓国で箸を考える

― 金属箸・ハサミ・そして日本の個人箸文化 ―

 旅先では、料理だけでなく「食べる道具」にも目を向けてみると面白いものです。箸やスプーン一つにも、その国の歴史や文化が見えてきます。

 旅をしていると、食卓の道具の違いにふと気づくことがあります。
今回訪れたのは、新羅の都だった慶州(キョンジュ)、韓国随一の食文化の街といわれる全州(チョンジュ)、そして古代日本とも深い関係を持つ百済の都・扶余(プヨ)。歴史の町を巡りながら食事をしていると、平たい金属の箸、必ず添えられるスプーン、そして焼肉屋のハサミなど、日本とは少し違う食卓の風景が目に入ります。

 なぜこんな違いがあるのでしょうか。
今回の旅をきっかけに、東アジアの箸文化と日本の食具文化について少し考えてみました。

慶州で食べた、ポッサム定食

 韓国の箸はなぜ金属なのか
― スプーン主役の食卓 ―
 韓国では平べったいステンレスの箸が普通に使われています。
日本人が使うと、少し滑りやすくて扱いにくいと感じることもあります。
日本や中国では木や竹の箸が一般的ですが、金属箸が日常的に使われる地域は朝鮮半島だけです。しかも韓国では、箸(チョッカラク)は必ずスプーン(スッカラク)とセットになり、スジョと呼ばれます。
韓国では
 ・ご飯
 ・スープ
 ・チゲ
などは主にスプーンで食べます。
箸は主におかず(パンチャン)を食べるための道具です。
つまり日本や中国ほど箸の使用頻度が高くありません。
そのため箸には
 ・持ちやすさ
 ・軽さ
よりも
 ・清潔さ
 ・耐久性
が求められてきました。
さらに韓国料理には
 ・キムチ
 ・カンジャン(醤油)
 ・テンジャン(味噌)
 ・塩辛
など発酵食品が多く、匂いや色が強い料理が少なくありません。
木箸よりも金属箸の方が衛生的で扱いやすいという事情もあるようです。

韓国の食卓に登場する「ハサミ」
― 台所ではなく食卓で切る文化 ―

今回の旅行でもう一つ驚いたのが、食卓にハサミがあることでした。
韓国ではハサミはごく普通の食卓道具で、例えばこんな料理で使われます。
 ・焼肉(サムギョプサル・カルビ)
 ・冷麺
 ・チゲや鍋料理
 ・ナクチ(手長ダコ)料理
 ・キムチ
これらに共通するのは
 ・長い
 ・硬い
 ・噛み切りにくい
という特徴です。

左全州で食べた手長だこのビビンバ、右焼肉どちらもハサミで切って食べる


 韓国の焼肉では肉を大きいまま鉄板で焼き、焼けたところでハサミで食べやすく切ります。
つまり韓国では
「台所で切る文化」より「食卓で切る文化」が強い
とも言えそうです。
焼肉屋では
 トング → 肉をつかむ
 ハサミ → 肉を切る
という見事な分業が成立しています。
どうやら韓国には、日本の鍋奉行に負けない
「ハサミ奉行」がいるようです。

日本の「個人箸文化」
― 箸は身体の延長 ―
一方、日本では箸の意味がかなり違います。
日本の食文化では、箸は基本的に個人のものです。
その背景には
 ・神道の清浄観
 ・一人一膳の膳分け文化
があります。
古くから日本では
 ・箱膳
 ・折敷
など、最初から一人分ずつ配膳される形式が一般的でした。
その結果
 ・取り箸が不要
 ・共有箸が発達しない
という文化が生まれました。
つまり
 箸=完全な私物
という感覚です。
現代でも
 ・家庭で自分専用の箸
 ・割り箸も基本は一人用
など、その延長線を見ることができます。

鍋料理という例外
― 共同性が顔を出す瞬間 ―
そんな日本の食文化の中で、一つだけ例外があります。
それが鍋料理です。
鍋では
 ・同じ鍋を囲み
 ・具を取り分け
 ・皆で食べる
というスタイルになります。
普段は「個人」を重視する日本の食文化ですが、鍋料理では
温かさや共同性が少し優先される面白い例外と言えるでしょう。

会席料理は「分けない美」
― 一人分の世界が完成している料理 ―

逆に、日本文化を象徴する料理とも言える会席料理では、料理を取り分けることはありません。
料理も器も配置も、すべてが最初から一人分として完成しています。
分ける必要がない。
むしろ分けると、美しさが崩れてしまう。
会席料理は、日本の「一人一膳文化」が最も洗練された形なのかもしれません。

日本の汁文化と椀
― 椀そのものがスプーンだった ―
日本では
 ・味噌汁
 ・清汁
などを木の椀に口をつけて飲みます。
木椀は
 ・熱伝導が低い
 ・軽い
 ・口当たりがよい
ため、直接口をつけて飲むことができます。
つまり椀そのものが、スプーンの役割を果たしている器とも言えるでしょう。
韓国や中国、欧米では基本的にスプーンで飲み、器を持って飲むのはマナー違反とされることが多いようです。

うどん・蕎麦、そしてラーメン
― 日本の汁文化の中の例外 ―

うどんや蕎麦はこの椀文化の延長にあります。
スープは丼から直接飲むことも多く、レンゲは必須ではありません。
ところがラーメンになると話が変わります。
ラーメンの丼は
 ・重い
 ・油が多い
 ・スープが多い
ため、持ち上げて飲む前提ではありません。
そこで初めて、レンゲが登場します。
ラーメンは、日本の汁文化の中では少し外側にある料理と言えるかもしれません。

コラム
世界の食具文化をざっくり整理すると
世界の食具は、その土地の料理の形に合わせて発達してきました。
西アジア・ヨーロッパ
 → パンや肉の塊
 → ナイフ+フォーク
南アジア
 → カレーやチャパティ
 → 手食
東南アジアの一部
 → 汁が多い料理
 → スプーン
東アジア
 → 小さく切った料理
 → 箸
つまり食具は「文化」でもあり、同時に「料理の合理性」でもあるのです。

扶余で食べた蓮の葉ご飯定食(연잎밥)

後記
 旅先ではつい料理そのものに目が行きがちですが、よく見ると「食べる道具」にもその国の文化が表れています。金属の箸、スプーン、そして焼肉屋のハサミ。普段何気なく使っている日本の箸も、実はかなり独特な存在のようです。次回のFood&Talkラボでは、ぜひ皆さんの「食具体験」も聞かせてください。

最後に
箸一本、スプーン一本にも、長い歴史と文化がある。そんなことを思わせてくれた韓国の食卓でした。

(文責 小原)

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コメント

コメント一覧 (2件)

  • 20年前に韓国の先生方と尋ねたキョンジュを思いだしました。ステンレスの箸が歯にあたる際の金属感触がなつかしい。辛い食事の苦手な小生に気を使ってくれた韓国の方々の顔を思い出しています。
    Food&Talkラボの皆さんに感謝&感謝

  • 太田先生

    うれしいコメントをいただき、ありがとうございます。
    先生も御研究の一環で慶州に行かれたのでしょうか。

    今回久しぶりに訪れてみると、30年前と比べて博物館や遺跡の整備がずいぶん進み、街全体がとても魅力的になっていることに驚きました。新羅の都としての歴史を感じさせる遺跡と、よく整備された展示がうまく結びつき、歴史好きにはたまらない場所になっていました。

    亡くなられた山田先生も、昨年、稲作や古墳などの共同研究で慶州に行かれていました。お話を伺うたびに、カバン持ちでもいいのでぜひ連れて行っていただけないかとお願いしたことを、今回の旅の途中で思い出していました。慶州の古墳群を眺めながら、先生もきっと同じ景色をご覧になったのだろうと思うと、少し感慨深いものがありました。

    また先生の慶州でのご経験なども、機会があればぜひお聞かせいただければうれしく思います。

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