第18回八雲PC読書会は8名が参加し、来年放送予定のNHK大河ドラマの主人公・小栗上野介忠順をテーマに開催しました。なお今回は、小栗上野介をめぐる本題に入る前に、参加者から小栗とは直接関係しない二冊の本も紹介されました。
一冊は、伊沢正名『うんこになって考える――いのちを還す野糞と土葬の実践哲学』です。菌類・隠花植物写真家であり「糞土師」を名乗る著者が、野糞と土葬を通して、人間が自然の循環から切り離されている現代のあり方を問い直す一冊です。刺激的な題名ながら、食べること、排泄すること、死ぬことを、いのちの循環という大きな視点から考えさせられる内容として紹介されました。登山やアウトドアでの排泄マナー、火葬と土葬、循環葬などにも話が広がり、「死」や「うんこ」という避けがちなテーマを、むしろ大切な思想として考えるきっかけになりました。
もう一冊は、内藤健『アズキの起源』です。アズキのゲノム研究を通して、従来の中国起源説ではなく、日本列島、しかも縄文期に栽培化された可能性を明らかにしていく過程を、ユーモアを交えながら描いた科学読み物です。遺伝学と考古学が結びつくことで、食べ物の歴史や原産地の見方が大きく変わること、また「アズキ」という和語の背景にも新しい光が当たることが紹介されました。読書会では、食文化、縄文、ゲノム研究、農耕の始まりなど、これまでの関心ともつながる話題として受け止められました。

どちらも今回の主題からは少し離れた本でしたが、生命の循環や食の起源を考えるという意味で、読書会らしい知的な寄り道となりました。もっとも、「うんこ」から「アズキ」、そして幕末へという道順は、寄り道というより大回りだったかもしれません。
今回は一冊の本を読む形式ではなく、参加者それぞれが関連書籍や資料を持ち寄り、多角的な視点から人物像や歴史観について意見を交わしました。
紹介された主な書籍は、佐藤雅美『覚悟の人』、島添芳実『小栗上野介(主戦派)VS勝海舟(恭順派)』、原田伊織『小栗上野介抹殺と消された「徳川近代化」』、童門冬二『小説 小栗上野介』、村上泰賢『小栗上野介』、マイケル・ワート『明治維新の敗者たち』など。さらに佐藤賢一『歴史小説のウソ』を題材に、「歴史とは何か」「歴史小説はどこまで史実で、どこから創作なのか」「私たちはどのように歴史を見るべきか」という、歴史そのものを考える議論にも発展しました。本の紹介だけで終わらず、「史観」そのものが話題になるあたりが、この読書会のちょっと困ったところであり、同時に一番面白いところでもあります。

小栗上野介は幕府の旗本でありながら、外国奉行、勘定奉行、軍艦奉行、陸軍奉行並などを歴任し、外交・財政・軍事を担った幕末屈指の実力官僚でした。遣米使節として渡米し、横須賀製鉄所(造船所)の建設、日本初の株式会社設立、郵便・鉄道・電信構想など、日本近代化の基礎となる政策を数多く提案・実現した人物として、近年その評価が大きく見直されています。「なぜ今まで教科書であまり見かけなかったのだろう」という声が出たのも、今回ならではだったかもしれません。

一方で、江戸城無血開城へ向かった勝海舟とは最後まで政治構想が一致しませんでした。小栗は徳川政権を中心とした近代国家建設を目指し、勝は幕府を終わらせた上で新しい国家を築くべきと考えていました。この対立は単なる私怨ではなく、日本という国家をどう設計するかという理念の違いであったことが、多くの資料から紹介されました。
また、小栗が処刑された経緯についても活発な議論となりました。正式な裁判も十分な取り調べもなく、新政府軍によって処刑されたこと、誰が最終的に処刑を決定したのかはいまなお議論が続いていることなどが紹介され、「もし東京へ護送され、正式な審理を受けていたなら、その後の日本史はどうなっていただろうか」という歴史の「if」にも話題が及びました。
さらに、幕末の列強外交も大きなテーマとなりました。アメリカとの通貨問題、イギリスとの賠償問題、ロシアによる対馬占拠未遂事件など、小栗が外国奉行・勘定奉行として直面した国際問題を振り返りながら、「よく日本は植民地化を免れたものだ」という感想を共有しました。当時の欧米列強は必ずしも理想的な外交を行っていたわけではなく、それぞれの国益や思惑が複雑に交錯していたことも改めて認識させられました。

議論はさらに、「明治維新による近代化は本当にゼロから始まったのか」というテーマへ発展しました。横須賀製鉄所をはじめ、多くの近代化政策は江戸幕府時代に既に着手されており、「明治政府は小栗ら幕臣が敷いたレールの上を走った」という評価についても、賛否を交えながら意見交換が行われました。
また、小栗は約2,500石の旗本であり、制度上は老中や大老になることはできませんでした。能力は抜群でありながら家格制度という壁が存在したこと、逆に明治になると能力本位の面が強まった一方で、旧大名や薩長閥による新たな派閥・人脈社会も形成されたことなど、江戸から明治への連続性についても興味深い議論となりました。

最後には、小栗の家族愛や夫婦愛を描いた佐藤雫『残光そこにありて』も紹介されました。来年の大河ドラマでは、小栗の政治家・改革者としての姿だけでなく、妻や家族との絆も重要なテーマとして描かれるのではないかという期待も語られました。
今回の読書会では、「歴史は勝者によって書かれる」と言われる一方で、一つの史観だけでは人物を理解することはできないこと、歴史書も歴史小説も読み比べながら、自分自身の歴史観を育てることの大切さを改めて実感しました。参加者それぞれが異なる立場から発言し、予定時間を超えるほど活発な討論が続いた、大変充実した読書会となりました。
来年、大河ドラマが始まったら、「あ、この場面は史実かな、それとも脚色かな」と、例年より少し斜めからテレビを見る参加者が増えそうです。ドラマの楽しみ方が一つ増えたとすれば、それもまた今回の読書会の小さな成果なのかもしれません。
次回 7月17日(金)13時~ 本の紹介
次々回 8月28日(金)13時~ 課題本:『雪夢往来』or『北越雪譜』
文責 正田、小原


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