開催日時:2026年7月17日(金)13:00~15:00
開催場所:八雲クラブ
参加者:7名
7名が持ち寄った9冊は、戦争と平和、全体主義、アメリカ社会の分断、日本の原風景、インド史、災害人類学、日本の将来、料理、歴史観まで、実に幅広いテーマに及びました。
今回紹介された9冊は、一見すると戦争、経済、歴史、料理とばらばらのテーマに見えます。しかし議論が進むにつれ、「自分の頭で考え、多面的に物事を見ること」という共通したテーマが自然と浮かび上がってきました。

『ぼくのこえがきこえますか』 田島征三
最初に紹介されたのは、日・中・韓の絵本作家による「平和絵本シリーズ」の一冊です。
紹介者は残念ながら絵本を持参するのを忘れてしまいました。しかし、熱のこもった語り口のおかげで、不思議なことに誰も本がないことを気にしなくなり、それぞれの頭の中には一冊の絵本が浮かび上がっているようでした。
砲弾で身体を失ってもなお「心」が語り続ける主人公。「誰のために殺し、誰のために殺されるのか」という問いは、読む者の胸に深く響きます。
シンプルな絵だからこそ、怒り、悲しみ、そして復讐の空しさが強く伝わる作品であり、戦争を繰り返さないためには国際協調が不可欠であることを改めて考えさせられました。

『ハンナ・アーレントのように考える』 リンジー・ストーンブリッジ
続いて紹介されたのは、生誕120年を迎える政治哲学者ハンナ・アーレントの思想を現代から読み直した話題作です。
「悪の凡庸さ」「孤独」「無国籍」という三つの概念を軸に、ナチズムだけでなく現代社会にも通じる全体主義の危険性を考察します。
特に印象的だったのは、
「自分で考えることをやめた人々こそ、全体主義にとって理想的な被統治者である」
というアーレントの指摘でした。
議論では「現代の全体主義とは何か」「アーレントの評価には異論もあるのではないか」など様々な意見が交わされ、SNS時代の情報環境や民主主義のあり方にも話題が広がりました。

『ヒルビリー・エレジー』 J.D.ヴァンス
現在アメリカ副大統領を務めるJ.D.ヴァンスが、31歳だった頃に執筆した自伝です。
ラストベルトの白人労働者階級が抱える貧困、家族崩壊、薬物依存、教育格差などを自身の体験から描き、現在のアメリカ社会の分断を理解するうえで欠かせない一冊として紹介されました。
「なぜ31歳で自伝を書いたのか」「現在のトランプ支持者の姿はこの本からどこまで読み解けるのか」など、参加者それぞれがアメリカ社会への見方を語り合い、議論は予定時間を超えそうになるほど盛り上がりました。

『はじまりの谷』 丸橋賢
昭和初期の上州を舞台にした自伝的小説。
豊かな自然の中で育つ少年の姿や、地域の人々との温かな交流が、飾り気のない文章で描かれています。
紹介者の「人生で数冊しか出会えない心に残る本」という言葉に、多くの参加者が自らの少年時代や故郷を思い浮かべ、思わずうなずく場面もありました。
「この本の著者写真はいつ撮られたのだろう」「この歯科医院で診てもらいたい」といった、本の内容から少し離れた話題でも大いに盛り上がり、終始笑いの絶えない紹介となりました。

『物語 インドの歴史』 塚本武功
人口世界一となり、日本との関係も急速に深まるインド。
インダス文明から現代までをコンパクトにまとめた、インドを知るための必読書として紹介されました。
ヒンドゥー至上主義、多民族国家、宗教、カーストなど現在のインドを理解するためには歴史を知ることが不可欠であるとの説明に、多くの参加者が引き込まれました。
発表後、「インドには何度か行かれたのですか?」という質問に対し、
「温水洗浄便座のない国には行けません。」
という紹介者の返答に、一同大爆笑となりました。

『津波の人類学』 内尾太一
東日本大震災をきっかけに、チリやイースター島、アメリカ西海岸まで視野を広げ、「津波」を文化人類学的に考察した意欲作です。
震災を日本だけの出来事として捉えるのではなく、「被災圏」という視点から太平洋全体で考えるという発想は、多くの参加者に新鮮な驚きを与えました。
災害への備えだけでなく、「想像力」の重要性についても考えさせられる紹介となりました。
普段あまり意識しない「太平洋の向こう側から震災を見る」という視点に、参加者からも驚きの声が上がりました。

『日本―没落か再生か』 吉川洋
今回紹介された中では最も新しい一冊です。
マクロ経済学の第一人者・吉川洋氏が、日本経済の停滞を「格差」「人口減少」「イノベーションの停滞」という三つの視点から分析し、日本再生への道筋を考察しています。
特に印象的だったのは、企業や社会がかつて持っていた「アニマルスピリッツ(何かを変えようとする挑戦の精神)」が失われたことが、日本の閉塞感の背景にあるという指摘でした。
また著者は、明治維新や戦後復興を支えた「時代精神」をもう一度取り戻すことこそ、日本再生への鍵になると説いています。
発表後は、「現状分析は非常に説得力があるが、解決策はやや抽象的で精神論にとどまっているのではないか」「イノベーションを起こす具体策まで踏み込んでほしかった」といった意見も出され、ここから議論は現代日本の話題へ広がっていきました。

『私の偏愛料理本』
料理好きには思わず財布の紐が緩んでしまう「危険な一冊」として紹介されました。
料理人、料理研究家、編集者、書店員など、「食」と「本」のプロ30人が、生涯手元に置きたい料理本をそれぞれ5冊ずつ紹介するという、ありそうでなかった「料理本のガイドブック」です。
紹介者自身、すでに10冊以上所有している料理本が掲載されていましたが、それだけでは済まず、新たに6冊も購入してしまったとのこと。「料理本を紹介する本に、さらに料理本を買わされるとは……。」という苦笑いも、この本の魅力を物語っていました。
レシピ本ではなく、「料理本の世界の奥深さ」を楽しむ本であり、本好きにも料理好きにもぜひ勧めたい一冊として紹介されました。

『ウィリアム・アダムス 家康に愛された男・三浦按針』
ベルギー出身の日本史研究者フレデリック・クレインス氏による一冊。
徳川家康に仕えた英国人・ウィリアム・アダムス(三浦按針)の生涯を描きながら、家康の外交政策を西洋側史料から読み直しています。
前回の読書会では、「歴史小説と歴史学者の本では歴史の見え方が違う」という議論がありましたが、本書はさらに一歩進み、
「どの史料を読むかによって、歴史そのものの姿が変わる」
ことを教えてくれます。
「史料が変われば歴史の見え方も変わる」という指摘には、多くの参加者が大きくうなずいていました。
日本側だけでは見えなかった家康の外交戦略が、西洋史料を読み解くことで全く違った姿として浮かび上がる点に、多くの参加者が興味を示しました。
歴史は一つの史観だけでは語れないことを改めて実感させる紹介となりました。
おわりに
今回も「本を紹介する会」で終わることはありませんでした。
一冊の本から戦争を語り、民主主義を考え、アメリカ社会を議論し、日本経済を憂い、料理本で盛り上がり、最後は家康外交まで話が及びました。
読書会の面白さは、本そのものだけでなく、一冊の本をきっかけに、それぞれの経験や知識が結び付いて新しい視点が生まれることにあります。
「そんな見方もあるのか」と何度もうなずき、「それは違うのでは」と議論し、「その本、読んでみたい」と新しい本との出会いが生まれる――今回も八雲PC読書会らしい、知的好奇心に満ちた充実した午後となりました。
次回はどんな本が登場し、どんな議論が生まれるのか。今から楽しみです。
本との出会いは、人との出会いでもある――そんなことを改めて感じた、夏の読書会でした。

次回 8月30日(日)13時~ 課題本:『雪夢往来』or『北越雪譜』
次々回 9月25日(金)13時~ 本の紹介
文責 正田、小原


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