Food&Talkラボ 琵琶湖に魚を食べに行ったのに……湖魚料理から見える食文化の変化

琵琶湖に魚を食べに行ったのに……
湖魚料理から見える食文化の変化


1.琵琶湖の魚を食べたくて、今年二度訪ねたのだが……
 7月に長浜・竹生島、10月には近江八幡・沖島を訪ねた。日本最大の湖、琵琶湖ならではの魚料理を味わうのも、旅の楽しみの一つだった。

沖島の家並み、狭い平地に家がびっしり立ち並ぶ


 ところが、これがなかなか思うようにいかない。
長浜では、湖魚料理を出す店「能登」でビワマスの刺身、ナマズの天ぷら、若鮎の塩焼き、イサザなどを味わうことができた。しかし、琵琶湖最大の島で漁業が盛んな沖島では、湖魚の佃煮と小アユ、ワカサギの天ぷら程度。近江八幡でも湖魚料理を専門に出す店は見つけられなかった。
琵琶湖に魚はいる。しかし、旅行者の胃袋に届くまでには、思いのほか高いハードルがあるらしい。


2.琵琶湖にはどんな魚がいるのか
 琵琶湖には多くの魚が生息し、この湖にしかいない固有種もいる。
代表的なのがビワマス。琵琶湖固有のサケ科の魚で、刺身にすると上品な脂のうま味がある。長浜で食べた天然ビワマスの刺身は、今回の旅でも印象に残る一品だった。

左がビワマス刺身、右がナマズ天ぷら


 ナマズの天ぷらも面白かった。淡水魚というと泥臭い印象を持つ人もいるかもしれないが、実際には淡泊な白身魚で、なかなかおいしい。
 ほかにも、天ぷらや佃煮になるコアユ、鮒ずしの原料として知られるニゴロブナ、高級魚とされるホンモロコ、イサザ、ハスなど、琵琶湖ならではの魚は実に多彩だ。

 一方、外来魚の問題もある。
ブラックバスやブルーギルが在来魚を脅かすとして駆除されていることはよく知られている。しかし、沖島資料館で意外な事実を知った。
 琵琶湖のワカサギも、実は外来魚なのだ。
資料館の説明によると、明治・大正時代から定着を目指して何度も放流されたものの、失敗が続いた。それが近年、環境の変化によるものか、大量に増えて盛んに漁獲されるようになったという。
ブラックバスなどは小魚を捕食する一方、ワカサギは主に動物プランクトンを食べる。食性も違うが、ワカサギが導入されたのは漁業資源として期待されたからだろう。
同じ外来魚でも、人間にとっての評価はずいぶん違う。
もっとも、沖島でワカサギの天ぷらをおいしくいただいた私も、その恩恵にあずかった一人なのだが。


3.なぜ琵琶湖で海の魚、焼き鯖そうめんなのか
 琵琶湖のほとり、長浜の名物料理の一つは、意外にも湖の魚ではなく、日本海から運ばれてきた鯖を使った「焼き鯖そうめん」である。
 湖北地方には、若狭や敦賀方面から海産物が運ばれてきた歴史がある。春の農繁期には、農家に嫁いだ娘を気遣い、実家から焼き鯖を贈る「五月見舞い」という風習があったという。
この焼き鯖をそうめんと一緒に煮込んだのが、焼き鯖そうめんである。
調べてみると、焼き鯖を贈る風習は古いが、焼き鯖そうめんが現在のような観光名物として広く知られるようになったのは比較的最近のことらしい。
 料理の成立時期には諸説あるものの、少なくとも湖北の家庭や祭礼で食べられてきた郷土料理であり、1990年代以降、飲食店などを通じて観光客にも知られるようになった。
伝統料理といっても、必ずしも何百年も前から今と同じ形だったわけではない。食文化も時代とともに変化し、ときには観光資源として新しい生命を得るのである。
ちなみに、私が食べた人気行列店の焼き鯖そうめんは、少々甘すぎて好みには合わなかった。
歴史的な興味と味覚の評価は、どうやら別問題のようだ。

長浜名物 焼鯖そうめん


4.沖島で見た、漁業の島の現在
 沖島は琵琶湖最大の島で、人口は200人余り。淡水湖に浮かぶ島に人々が暮らし、漁業を営んでいるという、日本でも珍しい場所だ。
沖島の漁業も高齢化と後継者不足という深刻な問題を抱えている。沖島漁協によると、組合員は50代後半から80代が中心で、最も多いのは70代。滋賀県の資料では、漁業・養殖業の就業者数は1975年の322人から2020年には84人に減少している。
 しかし、明るい兆しもある。2023年には3年間の研修を終えた30代の男性が新たな漁師として独立し、若手の育成も続けられているという。

沖島漁港 人口200人余りなのに漁船がたくさん停泊している


 漁港の周辺には、現在はあまり使われていないように見える漁協の広い倉庫群があった。かつての漁業の規模を物語っているのかもしれないが、活用できれば新しい活性化の可能性も出てくるのではと感じた。島には自動車がなく、狭い路地を人々が歩き、荷物を載せられる三輪自転車が行き交う。沖島漁協には島内の約85%の世帯が加入し、琵琶湖全体の漁獲量の約4割を水揚げしているという。小さな島ながら、琵琶湖漁業の重要な拠点なのである。
ところが、観光客が湖魚料理を食べられる場所は限られていた。

 琵琶湖の漁獲量は1955年の約10,600トンをピークに大幅に減少し、2023年には652トンと、ピーク時のわずか6%ほどになっている。特にシジミなど貝類の減少が著しい。漁業者の減少や高齢化に加え、湖の環境変化、外来魚による食害など、さまざまな要因が指摘されている。
 しかし、近江八幡でも湖魚料理を出す店が少ない理由は、漁獲量の減少だけでは説明できないだろう。
獲れた魚はどこへ出荷され、どこで食べられているのだろう。地元の家庭では今も湖魚料理が日常的に食卓に上るのだろうか。
 短い滞在では答えは見つからなかったが、漁業の島を歩いたことで、かえって疑問が増えた。


5.鮒ずしは、なぜ今も残っているのか
 琵琶湖の食文化を語るうえで欠かせないのが鮒ずしである。
鮒ずしは、主にニゴロブナを塩漬けにし、米飯とともに乳酸発酵させる「なれずし」の代表例。現在の握りずしとは大きく異なるが、すしの原型につながる古い食文化だ。
 平安時代に編纂された『延喜式』にも、近江国から納められた鮒ずしに関わる記録があるという。
製法は作り手によって異なるが、塩漬けにしたフナを飯とともに漬け込み、数か月から長いものでは一年以上かけて発酵・熟成させる。
 琵琶湖周辺にはフナだけでなく、アユやハスなど、さまざまな魚のなれずしも伝わっている。
今回は近江八幡で、鮒ずしを一匹丸ごと購入した。ほかにもハイの寿司、鮒の丸煮、ホンモロコの酢漬け、小アユの佃煮、赤こんにゃくなど、地元の食材や加工品を買い求めた。
 帰宅後、早速鮒ずしを味わった。


 まず印象的だったのは、その美しさだ。卵の鮮やかなオレンジ色、飯の白、鮒の身の色が重なり、皿に盛り付けると実に美しい。
 口にすると、ほどよい酸味と独特のうま味が広がり、香りもいい。酒の肴には申し分ない。独特の臭いから敬遠されることもある鮒ずしだが、今回購入したものは香りもよく、私には実においしく感じられた。
鮒ずしが今日まで受け継がれてきたのは、家庭での伝承や贈答品としての価値に加え、発酵食品としての他にはない魅力があるからではないだろうか。
 手間も時間もかかる料理だが、それだけの価値がある。実際に味わってみて、鮒ずしが今も力強く生き残っている理由が、少し分かった気がした。
 湖魚料理を食べられる店にはなかなか出会えなかったが、持ち帰る食文化にはずいぶん出会えたことになる。

左 買ってきた湖魚料理、右上ホンモロコ塩焼き、下コアユ佃煮・ハス酢漬け、沖島名物ぴんぴん


6.湖魚料理はこれからどうなるのだろう
 二度の琵琶湖訪問で、豊かな湖魚の食文化に触れることができた。一方で、旅行者がそれを気軽に味わうことは、思っていたほど簡単ではなかった。
 焼き鯖そうめんのように、地域の伝統料理が観光名物として新たな役割を得る例もある。鮒ずしのように、手間のかかる製法が今も受け継がれている料理もある。
 食文化を残すとは、昔の料理をそのまま保存することなのか。それとも、今の暮らしの中で食べ続けられることなのか。
 琵琶湖の魚を訪ねた二度の旅は、そんなことを考える機会にもなった。
そして、まだ食べていない湖魚料理もたくさんある。
琵琶湖に、また出かける口実ができたようだ。

(文責 小原)

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